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福岡地方裁判所 昭和51年(行ウ)22号 判決

原告 遠藤憲治

被告 久留米税務署長

訴訟代理人 武田正彦 吉崎静夫 ほか四名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して昭和五〇年一二月九日付でなした昭和四八年度分の所得税更正処分及び加算税賦課処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四八年一〇月一五日、その所有し、かつ居住している柳川市大字椿原町一番地の二所在の建物九八・三一平方メートル及びその敷地約三三三平方メートルを、訴外山崎サヤ子に代金八八〇万円で売却し、その譲渡所得を得たので、昭和四八年度分所得税の確定申告に当たり、租税特別措置法(以下、「法」という。)三五条の規定に則り譲渡所得の金額から一、七〇〇万円の特別控除をして確定申告をなしたところ、被告は、同条の適用を否認し、昭和五〇年一二月九日付で所得税額を一〇九万一、一〇〇円と更正する処分をするとともに、過少申告加算税五万四、五〇〇円の賦課処分をした。

2  原告は、右各処分を不服として昭和五〇年一二月一九日被告に異議申立をしたが、これを棄却されたので、さらに福岡国税不服審判所長に審査を請求したが、棄却の裁決を受け、同年九月一四日その旨の通知を受けた。

3  しかしながら、原告は、本件家屋を他に使用させていた事実はあるが、本件譲渡の当時の真の居住者は原告であつた。即ち、原告は、本件家屋の一部について昭和四四年四月三〇日東邦生命保険相互会社(以下、「東邦生命」という。)との間に賃貸借契約を締結し、同四八年三月初旬頃まで右会社に賃貸していたが、その頃東邦生命の出張所長として本件家屋に居住していた山本浩一郎が転勤するに当たり、原告自ら本件家屋を使用するため東邦生命との賃貸借契約を解除した。もつとも、その際、右山本浩一郎の後任として転勤して来た杉崎勝俊の懇願により、他に住居を探すまでの間の仮住まいとして利用することを条件として引き続き同人に本件家屋の使用を許していたが、右のいずれの場合においても、原告は、本件家屋九八・三一平方メートルの内五二・八九平方メートルの使用を許したのみで、その余の四二・四二平方メートルの部分は原告において居所として使用していたものであり、右山本の退去後右杉崎はたんに同居人として本件家屋を使用していたに過ぎないものである。

もつとも、原告は、久留米市上津町一、四八三の二二にも住居を有していたが、これは仕事の都合上家を借りて住んでいたものに過ぎず、本件家屋は原告が必要な時はいつでも明渡して貰うことを条件にその一部を賃貸し、その賃料を右の久留米市の借家の賃料の一部にあてていたものである。

また、原告は、昭和四六年三月一一日以降は住民票上の住所も本件家屋に移し、その後は本件家屋に始終出入りしており、本件譲渡資産を譲渡した昭和四八年一〇月一五日の時点における原告の住民票上の住所はもとより本件家屋の住所地であつて、右の点からしても、原告が本件家屋を居住の用に供していたことは明らかである。

4  仮に右の主張が認められないとしても、次の理由から本件譲渡資産の譲渡については法三五条一項の適用があるというべきである。即ち、法三五条一項が居住用資産の譲渡による譲渡所得の特別控除を認めた理由は、居住用資産を譲渡した場合には居住用代替資産を取得する蓋然性が高いことと、普通程度の家屋であれば特別控除額の範囲内で取得できるであろうとの配慮から、居住用資産の譲渡者が所得税の負担なくして普通程度の居住用代替資産を取得することを可能にする趣旨から出たものであり、要するに同項は住宅の供給を円滑にするという行政目的を効果的に推進しようとするものである。また、連年の適用を制限している理由は、居住用代替資産を取得した者がこれを三年程度の短期間に譲渡することは通常考えられないこと及び連年適用を認めると例えば数戸の家屋の所有者が一年毎に居住用家屋をかえることによつて、特別控除制度を濫用して譲渡益の脱漏をはかる等の幣害を生ずるのを防止するためであると考えられる。

右の趣旨からすると、家屋の譲渡が同項の「居住の用に供している」か否かは、居住用家屋の譲渡が新たな住宅の取得を容易ならしめるための譲渡といえるか否かによつて決せらるべきであつて、居住用家屋の譲渡利益についての租税負担を不当に免れるために特別控除を利用せんとする場合を排斥すれば足りると解すべきである。

然るところ、原告は、本件譲渡資産を除いては全く自己の不動産を有しておらず、唯一の不動産である本件譲渡資産を売却し、その代金で久留米市上津町二、〇一七番の八の土地、建物を購入したもので、これは、居住用財産の買い替えであり、原告の本件譲渡資産の売却は、まさに新たな居住用家屋の取得を容易ならしめる譲渡にあたるものであり、原告が他に居住用家屋を有していないことも考え合わせると、本件家屋等の譲渡については法三五条一項の適用が認められるべきである。

よつて、本件更正処分及び加算税賦課処分は違法であるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項中、原告が本件家屋に「居住している」との点を否認し、その余は認める。

2  請求原因2項中、国税不服審判所長の裁決書が原告に到達した日は不知。その余は認める。なお、同所長が棄却の裁決書を発送したのは昭和五一年九月八日である。

3  請求原因3項中、原告が本件家屋を東邦生命及び杉崎勝俊に賃貸していたこと及び昭和四八年一〇月一五日の時点における原告の住民票の住所が本件家屋の住所地であることは、いずれも認め、その余は争う。

4  原告が本件譲渡資産を除いては全く自己の不動産を有していなかつたこと及び本件家屋を売却した代金で久留米市上津町二、〇一七番地の八の土地及び建物を購入したことは不知。その余は争う。

三  被告の主張

1  原告の昭和四八年度分所得税にかかる確定申告及び更正の内容は、別表(一)記載のとおりであり、そのうち、本件係争となつた分離長期譲渡所得にかかる確定申告及び更正における計算の内容は、別表(二)記載のとおりである。

2  本件譲渡資産は居住の用に供されていたものではなく、したがつて、原告がこれを山崎サヤ子に売却した行為により生じた譲渡所得は法三五条に定める特別控除の要件に該当しないことが明らかである。即ち

法三五条一項にいう「居住の用に供している」とは、生活の本拠をそこに置いて日常起居することをいい、表札や家財道具があり、住民基本台帳における住所がそこにあつても、生活の拠点が別のところにあるような場合は、これにあたらない。また、同項の適用を受けるためには、当該家屋に短期間臨時に、或いは仮住居として起居していたというのみでは足りず、真に居住の意思をもつて、客観的にもある程度の期間継続してこれを生活の拠点としていたことを要すると解するのが相当である。

然るに、原告は、本件家屋について昭和四四年四月三〇日東邦生命との間に賃貸借契約を締結し、同年五月一日から同四八年一二月一七日までの間、六畳一間を除く全部を右会社の社宅として賃貸していたものであり、右六畳一間についても、原告がそこに居住していたという事実は全くない。そして、原告が居住の用に供している家屋、即ちそこを生活の本拠としていた家屋は、久留米市上津町一、四八三の二二の賃借家屋である。

原告は、また、本件家屋を譲渡した昭和四八年一〇月一五日の時点における原告の住民票上の住所は本件家屋の所在地であるというが、前述のとおり原告は住民票の住所地に現実に居住していないのであるから、住民票は何ら原告主張の根拠となりえない。

3  原告は、法三五条一項の立法趣旨から直ちに本件譲渡資産の譲渡が同項の要件に該当することを結論づけようとするが、その所論は誤りである。

何故ならば、同条項の規定は、居住の用に供している資産を譲渡した場合という要件を掲げるのみで、その譲渡収入金の使途については何ら規制せずに特別控除額を認めているのであるが、このことは、まさに原告がいうように、居住用資産を譲渡した場合には居住用代替資産を取得する蓋然性が高いということに着眼したからにほかならない。それ故に、一般の譲渡所得の場合との課税負担の公平上「居住の用に供している」という要件は厳格に解さねばならないのである。このことは、同法施行令二三条前段かつこ書きの「当該家屋のうちにその居住の用以外の用に供している部分があるときは、その住居の用に供している部分に限る。」との規定からも十分窺えるところである。したがつて、法三五条一項の規定は、居住の用に供していない不動産については、仮に、それが個人の唯一の不動産であり、かつ、その不動産の売却代金をもつて新たに不動産を購入したものであつたとしても、その適用を全く予想していないものである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1及び2の各事実は、国税不服審判所長からの審査請求棄却の裁決書が原告に到達した日がいつであるかの点を除き、当事者に争いがない(被告の主張によれば右裁決書は昭和五一年九月八日に発送されたというのであるから、いずれにせよ、本件訴えが出訴期間内に提起されたことは本件記録上明らかである。)。

二  そこで、本件資産の譲渡に関し法三五条一項(居住用資産の譲渡所得の特別控除)の適用があるか否かについて検討する。

1  まず、原告が本件譲渡資産を譲渡した昭和四八年一〇月一五日当時本件家屋を居住の冊に供していたか否かにつき判断する。

原告が昭和四四年四月三〇日本件家屋をその一部を除いて東邦生命に賃貸し、じ後右会社の社員である山本浩一郎が本件家屋に居住するようになつたこと、他方その頃原告は久留米市内に家屋を賃借して本件家屋から移り住んだことは、いずれも当事者間に争いがない。

原告は、東邦生命に賃貸した部分は本件家屋九八・三一平方メートル(この面積については当事者間に争いがない。)のうちの五二・八九平方メートルのみであり、その余の部分は原告が居所として使用していたと主張する。

なるほど、〈証拠省略〉には、賃貸家屋の面積は五二・八九平方メートル(一六坪)である旨の記載があるけれども、原告本人尋問の結果によるも、賃貸部分を右の面積に限定したとの明確な供述はなく、却つて〈証拠省略〉によると、東邦生命は本件家屋を同社柳川営業所長たる同人の借上げ社宅として賃借したものであるところ、同人の家族構成に照らした社宅規模についての社内基準に合わせて形式を整えるための便宜的な措置として右の数字を書き込んだものであつて、実際の賃貸部分の面積を示す趣旨のものではないことが認められる。ただ、右各供述によれば、本件家屋のうち北東隅の六畳間については、原告が自己の荷物等を置き、随時使用するものとして賃貸部分から除外したことが認められる。

そこで、本件資産譲渡の時期までの本件家屋の使用の状況等について考察する。

〈証拠省略〉を総合すると、本件家屋についての賃貸借契約成立後、本件家屋には、前記山本浩一郎が妻子三名とともに昭和四八年三月一四日まで居住し、北東隅の六畳間を除いて全部の部屋を使用していたこと、右六畳間には電燈の設備はあつたが、炊事の設備等はなかつたこと、本件家屋の玄関の鍵は二つしかなくいずれも右山本が所持しており、原告は鍵を持つていなかつたこと、本件家屋に原告の表札はかけられておらず、ガス、電気、水道の料金はいずれも賃借人が支払つていたこと、原告は前記六畳の間に若干の家財道具を置いており、庭の手入れ等のために時折本件家屋を訪れることがあつたが、右六畳間で食事をしたり、寝泊りをしたことはなかつたこと〈証拠省略〉には寝泊りをしたことがある旨の原告の申述記載部分があるが、〈証拠省略〉と対比して措信できない。)、原告が久留米市に転出したのは、その本来の仕事である不動産業の都合からであり、本件家屋を東邦生命に賃貸した後は、原告及びその家族は久留米市上津町一、四八三の二二の借家へ転居したこと、前記山本は昭和四八年三月中旬頃東邦生命柳川営業所長の職から他に転ずることとなつたので、原告は東邦生命との間の本件家屋賃貸借契約の解除を申し入れ、その頃右契約は一応終了したが、右山本の後任として遠方から赴任してくることとなつた杉崎勝俊は、原告に対し、一時なりとも本件家屋を貸してもらいたい旨強く要望したので、原告はこれを拒みかね、原告に必要が生じたときはいつでも明け渡すとの約束のもとに同年三月下旬頃以降右杉崎のために本件家屋(ただし、前記六畳の間を除く。)を賃貸し(山本の場合と同様借上げ社宅の形式をとつたかどうかは定かでない。なお、賃料は、従前月一万六、〇〇〇円であつたものが一万八、〇〇〇円に増額された。)、右杉崎は本件家屋が譲渡された後の同年一一月初旬頃まで本件家屋に居住していたが、その使用状況等は山本の場合について先に認定したところと変りはなかつたこと、以上の各事実を認めることができ、これを左右するに足る証拠はない。

以上の事実によれば、原告が昭和四四年四月三〇日東邦生命に本件家屋を賃貸した後は昭和四八年一一月初旬頃まで、本件家屋は北東隅の六畳間を除いては全て賃貸人が居住、使用しており、右六畳の間は何人の居住の用にも供されていなかつたと認めるのが相当であつて、原告が右家屋を一部なりとも居住の用に供していたとは到底認めることはできず、却つて、右の間における原告の居住の場所、即ちその生活の本拠は久留米市上津町一、四八三の二二所在の借家にあつたと認めるのが相当である。

なお、昭和四八年一〇月一五日の時点における住民基本台帳上の原告住所が本件家屋の所在地にあつたことは当事者間に争いがないけれども、住民票の記載が現実の住居地どおりでないことは往々にしてあることであり、右事実をもつて原告が本件家屋に居住していなかつたとの前認定を動かすに足らず、その他本件全証拠によるも、右認定を左右するに足らない。

右のとおりであるから、原告の本件家屋を居住の用に供していた旨の主張は理由がない。

2  次に、原告は、本件譲渡資産を除いては全く自己の不動産を有していなかつたもので、唯一の不動産である本件譲渡資産を売却しその代金で別に居住用の土地及び建物を購入したものであるから、法三五条の立法趣旨からして、原告の本件譲渡資産の譲渡は、法三五条一項の定める居住用資産の譲渡に該当すると解すべきであると主張するので、この点について判断する。

法三五条の定める居住用資産の譲渡所得にかかる特別控除の制度は、居住用資産を譲渡する場合には通常新たな居住用資産を取得する必要があり、その際に右譲渡所得につき課税があれば税額相当分だけ居住規模を縮小しなければならなくなるといつた事情を考慮して、いわば通常の規模の住居の買替えについては税を課さないものとする趣旨から設けられたものであり、この点に関する原告の所論は正当であると考えられる。

然しながら、同条第一項は、特別控除の対象たる譲渡資産を「個人が、その居住の用に供している家屋」と定めているところ、租税特別措置法は、租税負担の特例を定めたものであるから、同法各本条の規定する負担軽減のための要件はたやすく拡張解釈すべきでないと解すべきであつて、本件の如く、納税者が当該家屋を他に賃貸し、自らは他の家屋に居住しているような場合にあつては、たとえ右個人所有の家屋及びその敷地が納税者にとつて唯一の不動産であり、かつこれを売却して得た金員で居住用家屋を購入したという事情があつたとしても、法三五条一項に定める要件には該当しないといわざるをえない。これに反する原告の主張は同条項の明文の規定を離れた独自の解釈に基づくものというほかなく、採用の限りではない。

以上のとおりであつて、本件譲渡資産の譲渡につき法三五条の規定の適用を否認してなされた点において本件更正処分及び加算税賦課処分に違法がある旨の原告の主張は失当であるところ、右各処分の根拠及び計算に関するその余の点については当事者間に何ら争いがないのであるから、本件更正処分及び加算税賦課処分は適法であるということができる。

よつて、原告の本訴請求をいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 南新吾 小川良昭 辻次郎)

別表(一)(二)〈省略〉

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